僕たちの失敗

中心市街地の一角に老朽化した蔵がある。1年前の大震災でその痛みが益々ひどくなり近隣からも危険との意見が出され、関係機関の中では壊すことが既成事実となりつつあった。しかし、周辺敷地の計画に携わっていたものとしては、どうも合点がいかない。内部空間は荷蔵の構造をきっちりと現している。挽き舞いも考えられるが、そもそも蔵の使い方が未だ決断されていないのだ。
それならそれでいい。江戸時代の建物の見られるように、解体した材料をストックして次に使うでもいいし、明治期に行われたように、解体移設でもいい。日本の精神風土にある再利用の試みをこの場でやろう。土壁の解体は市民団体で週末何度か行い、あとは、各業種の組合の協力で手まらし解体にしょう。保険も掛けよう。その事で各職種において、蔵という構築物の技術の継承ができる。記録もできる。蔵の多いこの地区で、解体協力で継承される蔵への意識の向上ができる。計画を一緒に進める設計仲間とも了解を得た。
 関係機関への概ねの内諾も得、市民まちづくり講演会でも隙間にちょいと時間をもらい構想を述べた。
市民協力団体二者程声掛けし、実質協力団体と協議。全体を通せば思わしくなかった。市民団体での作業は危険を伴い、時間が掛かりすぎる。ホコリもたつ。水まきしながらではあるが、長期の作業は近隣に迷惑がかかる。簡便な方法は、解体業者の機会(ピック)の先でつつき土壁を解し、ある程度の木材を確保して、早期に工事を終わらせる。これがベストだ、と。
 ということで、市民団体、各業種協力、記録、技術の継承、意識向上、木材の全ての再利用等を目論んだ構想はあえなく断念せざるを得なかった。


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