地図への幻想

早朝に出て中心市街十日町の一連のファサードを駆け足でカメラに収めた。2007年の夏だった。街の地図をつくりたい。イメージはあった。25年程前のヨーロッパ駆け足旅行で手に入れた地図だった。駅に降りたち、インフォメーションで地図を手に入れ、なければ買い求めた。それを元に宿を探し、翌日その地図をもとに街を歩き廻った。地図は街を知る重要なテキストだった。地図は立体的に描かれたものもあり、その都市の誇りを読み取ることができた。当然そうである。ヨーロッパの各都市の中心部では日本のように勝手に取り壊して建て替えたりはできない。中世から近世に形づくられた都市の表情を大事にしている。できるとしたら地区計画で限定されたゾーンだけてある。パリのポンピ゚ドーセンターがいい例である。
5年前の願望はその先に進めなかった。半分あきらめていた。志士隊の時のようにイメージから制作までの段取り全てを自己完結できなった。しかし、この2月に完成して配られた「カセ鳥城下地図」を見て状況は一変した。地図は長屋門ギャラリー運営する仲間 亜希子女史がデザインしたものだった。彼女は地図デザインのプロフェショナル、イメージのやりとりができる。アイデイアもある。調査の部分では同業種仲間の小松君がいる。地図のエリアもふくらまそう。スケッチと調査のストックも若干ある。足りない部分は再び建築探偵をしよう。思いはめぐり、関係諸団体と地図前後のイベントを企画して、一度落選した補助金申請の昨年の市街地修景のハード事業から今回のソフト事業に切替え、懲りずにまた応募した。


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