晩夏の大井沢

NOB設計務め時代のトップからのtelで、8月末に急遽大井沢に向かった。嘗ての修験道、大江町から柳川温泉を越えてのルートだった。ひと仕事を終え、案内されたのは大井沢にある大日寺跡だった。概略は知っていたつもりだった。だが実際に覗いてみるとその史跡は群を抜いていた。資料によると湯殿山信仰の別当として江戸期を中心に栄えた。敷地内の建造物の殆どは明治後期に焼失してないものの、立札に示された史跡の数、立地状況を考えるとかなり力をもった施設だったのが想像できる。湯殿山が日本7大霊場とひとつに数えられた程であったから、そのとおりなのだろう。「世が世なら熊野になっていたかもしれないのに」この地生まれの渋谷さんが言う。当然宿坊も多く嘗てはあった。似たような施設として、現岩根沢神社(重文)、羽黒山神社の別当か天台宗の寺であった日月寺がまだ、その建造物を残しているのと比較すると大日寺の方がはるかに施設規模が大きかった。いずれも、嘗ては、もっと多くの人々が、壮大な大自然に抱かれた霊地を信仰し出向き、日常のケガレからハレの場に立ち、身を清め、命のあることを繋いでいったのだろう。
 行き先途中で立ち寄った旧道添いの集落で思いがけない宝モノも見つけカメラに収めた。
さて、大井沢で求められたひと仕事とは、400本を超すトウモロコシを収穫し、直ぐ近くの缶詰作業場に納品することだった。この夏の異常な暑さからは開放された一汗の一時だった。


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