致道博物館

何度か訪れている鶴岡致道博物館に立ち寄る。1度目は路上観察学会事業同行で、藤森さんに入口脇の売店で買ったからから煎餅を貰った。2度目に訪れた時は、有元利夫展だったと思う。不思議な構成と人物、空気感に引き寄せられて恋い焦がれて入ってしまった。その後何度か外観だけ見て終わった。今回は違っていた。自然に民具、展示中の注釈に目を奪われてしまった。年を重ねたせいか。
漁具の展示がすごい。木の舟、六分の一の北前船の模型。網、タモ、販売を示す札の数々。漁具、舟に関しては、東京務め時代の師内藤廣が長年設計に携わった海の博物館の収蔵品程のボリュームはないが凄い。 
 それから目を引いたのが、高橋兼吉の仕事の質と量だった。明治初期に鶴岡県令になった三島通庸とともに山形の擬洋風建築を手がけたことぐらいは知っていましたが、その類とその他の建造物の仕事も凄い。旧西田川郡役所、旧鶴岡警察庁(敷地内、いづれも国の重文)東田川郡役所、酒田山居倉庫、松が丘蚕室、荘内神社、善宝寺五重塔、清川学校、朝楊学校、湯田川由真豆佐売神社などなど、50才で亡くなる明治27年まで、庄内の名だたる建造物を設計建設したことになる。こんな人物を他に知らない。館内に移設された多層民家も凛々しく、兜のような茅葺きの工芸品だ。
ちなみに、今回の庄内訪問は、昨年秋改造した住宅のメンテナンスと公益大に呼ばれてのことだった。


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